2019/04/30 15:42

初めまして、MIMORONEです。
「MIMORONE」は、私たちが育て、つむぐ絹糸の名前です。

この「MIMORONE」がどういう経緯で始まったのか、一番最初にお伝えしたいと思います。ちょっと長いですが、よろしければお付き合いください。


2013年、福島県南相馬市の一番南の地区・小高で「NPO法人浮船の里」が始めた一つの事業に、「お蚕様プロジェクト」がありました。
自然の猛威と、人智の限界を見た災害を経験した土地で、人々が「なくしたなにか」を探していた時でした。
小高に、人と話せる場所があってほしい。
小高に、暮らしの灯りを再びともしたい。
小高に、帰りたい。
色々な想いが交錯する中で、たった一つの灯台のように始まったNPOでした。
たくさんの心・応援・支援をいただくなかで、当初の目標としたのが「ただただ、普通の暮らしをする」ことでした。変わってしまったふるさとに帰り、血を通わすように暮らしを営むこと。
当時はあれもこれも、どれもそれも普通じゃない。求めたものはどこにもない、…どうしたらいいかわからない、私たち住民も、外部から手を差し伸べてくれる人も。

人々が集う中、まず暮らしを営むためにできることとして、「なにか、生きるためにやること」を探し続け…昔ながらの土地の営みをさらうなかに、「養蚕」がありました。小高は福島県下でも有数の養蚕地帯で、飯野・川俣とともに日本全国に名を馳せるほどだったと言います。
食べるものをつくるのではないし、放射線の影響は少ないかもしれない。とにかく、どんな結果になるかやってみようと始まったのがこのプロジェクトです。

東奔西走し養蚕の手がかりを探す中、震災当時まで養蚕をしていたという佐藤さんご夫妻に出会いました。稲作をする傍ら、ずっと養蚕を続けていたそうです。
現役の桑の木の手入れ、養蚕道具、育て方など、何も知らない私たちにほぼ全てを教えてくださいました。
手取り足取り、助けてもらいながら無我夢中で育て上げたお蚕様は、放射線の影響はありませんでした。体内に取り込んでも、蛹になる前に全て排出できると分かったのです。

これが、2014年の6月のことでした。
        

ここまでの詳しい経緯は、NPO法人浮船の里「これまでとこれから
...2につづく...